高円寺の畳の上で

高円寺の畳の上で死にたいのだが、それを叶えるためには、高円寺に住む必要がある。それに向けて努力できるのかどうか、というブログ。

先生の白い嘘(8)読了

一巻からドキドキしながら読んでいた作品が完結した。

以下ネタバレ含みます。

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性犯罪の被害にあって、自分自身の体を奪われたと感じた美鈴が、
男子高校生との純愛を通して、暴力と自己に対峙していく。

美鈴は被害者でありながら、
そのような被害にあったのは自分に落ち度があったからだと考えており、
「罪」の意識が深く、自分に幸せになる権利はないと考えていた。

作者は美鈴が高校の国語教師という設定を駆使して、
夏目漱石『こころ』を作中でオーバーラップさせてくる。
罪悪感が内側から人間を蝕んでいきついには自殺するというこの物語にノーを突きつけるように、
美鈴は、愛を見つけ、幸せになることを選びとっていく。
性行為自体を忌まわしいものと捉えていたが、
それが、加害者の妻であり美鈴の友人である美奈子の妊娠をきっかけに、
生命を生じさせる行為としてその神秘性を信じることができるようになる。

自分を奪われていたと感じ、にもかかわらずその怒りを男にではなく自分に向け、
女である自分を憎んでいた美鈴は、
身体の発育の悩みをサポートする保健の教師となることを選び、
元教え子の新妻とも健全な恋人関係を築く。

一方の、加害者男性であった澤藤は、
自分自身が、広い意味での被虐待児であった過去があり、
そのことが彼を他者への暴力に駆り立てていることが描かれている。
父親から暴力を受けながらも怒りを表さず耐え忍ぶ母親を見ていた彼は、
そこから、女を男と同等の人間としてではなく
得体のわからない何かとしてしか捉えられない。
奪う、というのが澤藤の女性への唯一の関わり方だったが、
「奪われているのではない、愛されている」と捉え直す女たちに、
さらなる混乱に追いやられていく。

登場人物一人一人に論理があり、
性と暴力をとても生々しく描いていると思う。
レイプをこれほど様々な立場の人間の心理的葛藤を交えて描いた作品を
初めて読んだ。時代の先端にある、すごい作品だと思う。
「それでも愛を信じよ、幸せを求め真摯に行動せよ、さすれば救われん」
と信じられそうになる物語だった。